「アルナックの失われし遺跡」の魅力をシステムから紐解くレビュー

2021年5月17日、毎年恒例のドイツボードゲーム年間大賞のノミネート作発表がありました。エキスパート大賞に名を連ねたボードゲームを眺めていると、一際目を引くテーマとアートワークの作品がありました。それが「パレオ」です。

大丈夫です、ブログタイトルを間違えてはいません。ノミネート作の中で見た目もぱっと見のルールも最も地味だった作品が「アルナックの失われし遺跡」でした。ただこのゲーム、プレイしてみるととてもすっきりと、かつがっつりと遊べる神ゲーだったのです。2021/5/29現在、国内では入手難なようですが、BGAにてなんと無料で遊ぶことができます。

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ルールの解説は偉大なる別記事様にお任せしまして、本記事ではこのゲームがいかにして神ゲーとして成り立っているのかを、システムの観点から注目してみたいと思います。

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まずこのゲームに登場するシステムをご紹介します。大きく分けると、

  1. デッキ構築
  2. ワーカープレイスメント
  3. リソース変換

の3つの柱から成り立っているゲームと言えます。これらは特に近年のゲーマーズゲームとしてどれも非常に人気のあるシステムになっています。ではこの組み合わせならどんなゲームでも面白くなるかというと、そう上手くはいきません。なぜならこれらのシステムには長所と同時に短所も存在し、実装の勘所を間違えるとただ重いだけのゲームが出来上がります。

結論から言うと、このゲームは各システムの短所が消え長所だけが光るように設計された非常に緻密で繊細なゲームなのです。では具体的にどのようにしてそれが実現されているのか、各システムごとに考察してみましょう。

1.デッキ構築

カードの回る頻度によっては大味になったり消化不良になったりする短所を消しています。

このゲームではカードを使用するというアクションが手番の中心の一つのとして存在します。その実装はシンプルで、「比較的弱い初期デッキから初めて、カードを購入、除外することでデッキを強くする」というものです。カードの種類はアイテムと遺物の二種類があります。

購入した時の動きが肝で、アイテムはデッキの下に、遺物は即時その効果を発揮した後捨て札になります。また遺物は二回目以降手札から使う場合、石板というリソースを必要とします。このメカニクスにより購入したカードが比較的早く使用でき、かつドンドン使って大味に拡大していくということもない、絶妙なカードの周りを達成しています。少し頑張れば購入と同じラウンド中にアイテムを使うこともできるし、遺物を買って目先の報酬が欲しかったとしてもその後有効活用するには石板の確保が必要になってくるのです。

またアイテムと遺物の供給におけるメカニクスもエレガントです。遺物は手札からの使用に石板を必要とするため、序盤に買いすぎても手札を圧迫するのみになる恐れがあります。このゲームでは購入できる遺物:アイテムの割合が、1ラウンド毎に1:5→2:4→…→5:1となっていきます。これによりゲームの流れに沿ってより効果的なカードの方がより多く供給されることとなります。

 

2.ワーカープレイスメント

アクションの幅が広がりすぎ、リソース獲得方法が煩雑になりすぎるという短所を消しています。

このゲームでは1.で述べたシステムにより、リソース獲得の多くはカードによって解決されます。これをワーカープレイスメントの方でも幅広く選択肢を持たせてしまうと、アクション選択が苦痛になってしまう場合もあるでしょう。このゲームではワーカーは2人のみで、ワーカーが増えることも、維持費がかかることもありません。まずこの点が上手くシンプルにまとめられています。

またワーカープレイスは大きく分けて二種類で、各種資源を少数得られる、序盤や資源1足りない現象の時に用いられるプレイスと、より多くの資源を得られるがコストも高い探検プレイスからなっています。後者はこのゲームの最もユニークなポイントであり、作品のテーマの根幹にもなっているメカニクスとなっています。後者のプレイスはそこにワーカーを置くまでどんなリソースがもらえるのかわからないのです。これは探検のワクワク感をもたらす一方で、全体を「運ゲー」にしてしまう致命的な危険性を孕んでいます。ここのバランス調整が素晴らしいのです。

具体的には、探検プレイス予定地にワーカーを置くと新たなプレイスがランダムに置かれて即座にそのリソースを獲得できます。この時同時に偶像と呼ばれる使い切りのチップを獲得でき、これはフリーアクションとして任意の資源をもたらします。この偶像が肝で、ランダムに降ってきたリソースに加えて柔軟性の高いリソース権も獲得できるため全体のばらつきを抑えることに成功しています。加えて、新たなプレイスには守護者と呼ばれるリソース変換先も追加されます。書かれたリソースを支払うと守護者を退治して得点になるというメカニクスで、このリソース変換先に対する優先アクセス権を持たせることで、ランダム要素の強い探検に更なるインセンティブを与えています。ランダム性がもたらすワクワク感と、ゲームバランスとを両立させた素晴らしいシステムと言えます。

 

3.リソース変換

リソース変換競争に出遅れてその差を埋められないという状況になってしまうとゲームが間延びするという短所を消しています。

一般に獲得したリソースを得点に変換するというメカニクスが実装される場合、同時に早く変換した場合にインセンティブを与えるメカニクスも実装されます。こうしないとリソースをため込んで終盤一気に変換する戦略が最強となり、最適解を探すのに非常に長い時間が費やされてしまうためです。

このゲームでも当然1.と2.で得られたリソースを得点に変換しますし、早さにインセンティブを持たせています。まず変換先は大きく3つで、カード購入、守護者の退治、研究、となっています。前2つは既に触れましたので、本項では研究について考察していきます。

研究では対応するリソースを支払って手帳と拡大鏡の2つのトークンのうちいずれかを1つの研究トラック上で進めることができます。このトラックの途中には到着が早いプレイヤーが獲得できる資源が置かれています。一方このトラックでは途中に分かれ道や合流があり、複数のリソースの組み合わせで進めることが可能で、後発でも大きく損することなく進められる道が残っています。また拡大鏡のみをひたすら進めるのか、手帳もバランスよく一緒に進めるのかで得られる報酬が異なり、ここでも早取りのインセンティブに対し後発の取れる戦略の幅を確保しています。

3つの変換先を合わせると手持ちの資源の変換先がどこかにあるような状況が維持され、早取りに遅れても、ワーカープレイスで予想外のリソースが得られても、しっかり変換できる先が用意されています。一方もちろん最終的にはインセンティブを上手く活用し、効率良い変換を達成できたプレイヤーが勝利できるデザインにはなっており、終盤まで勝ちが確定することなくかつ納得感のある勝敗が付く、全員が楽しみ続けられるバランスに仕上がっています。

 

 

他にも本記事で書ききれなかったような細かな気遣いが、このゲームには随所にちりばめられています。突飛なルールがあるわけでも、遊びきりの驚きがあるわけでもありません。中田ヒデや本田圭佑ではなくても、長谷部誠も偉大なる選手の一人であり、むしろより長く愛されているとも言えるかもしれません。

真摯にゲームバランスが追求され磨かれた本作品をぜひ遊んでみてはいかがでしょうか。きっと心が整いますよ。